「もしかして、この子は発達が遅れているのかな…?」
息子の発達に違和感を抱き始めたのは、年長のころでした。
早生まれだから——そう思い込もうとしながらも、
・質問に答えない
・意思疎通がうまく取れない
・周りと行動の差がどんどん開いていく
その様子を見るたびに、胸が締めつけられるような日々でした。
幼稚園の先生から
「周りの子と比べると成長が遅いです」
と言われたあの日のショックは、今でもはっきり覚えています。
さらにさかのぼれば、幼稚園の入園テストのときでさえ
「この子はうちで受け入れられないかもしれない。。」
と指摘されていた——
でも当時の僕も妻も、その意味を深く理解できていませんでした。
認定されるまでの約1年間、
妻と何度も話し合いました。
「育て方が悪かったのかな…」
「もっと厳しくしないといけない?」
「この子の未来、どうなるんだろう」
親として、必死で正解を探そうとしていました。
YouTubeも、本も、サイトも読み漁り、
“どう教育するか”ばかりに気を取られていました。
でも、後になって気づきました。
——あれは、親のエゴだった。
“息子を理解しようとする”のではなく、
“息子を周りに合わせようとする”方向ばかりを見ていたのです。
そんな中、勇気を出して専門機関に行き、
発達障害B2の診断を受け、療育手帳をもらいました。
その日から、僕と妻の心は——
不思議なことに軽くなったのです。
診断された日から、僕たちの心が軽くなった理由
診断と聞くと「ショックなんじゃないか」と思われるかもしれません。
でも僕と妻が強く感じたのは、むしろ——
「やっと息子を理解できた」 という安堵でした。
息子を“周りの子に近づける”から“息子を理解する”へ変われた
診断される前は、毎日のように悩んでいました。
「どうしてできないんだろう」
「もっと厳しくしないといけない?」
「自分たちの育て方が悪かったのかな」
でも診断を受けた瞬間、
その考え方がスッとほどけていきました。
息子には息子のペースがある。
息子には息子の得意・不得意がある。
周りに合わせることが全てではない。
それを心から理解できたことで、接し方も大きく変わりました。
・強く叱らなくなった
・ゆっくり丁寧に説明するようになった
・息子が理解しやすい方法を選べるようになった
親である僕たちの余裕が増えたことで、
息子の表情にも安心が増えていきました。
夫婦の気持ちが軽くなったのは“やるべきことがわかった”から
診断後に僕たちが強く感じたのは、
不安が完全に消えたわけではない。でも——
「何をすればいいのか」 が明確になったことで、心が軽くなったということ。
将来への漠然とした不安が“行動”に変わった
診断前の不安は、答えのない霧の中を歩いているようでした。
でも診断後、道が少しずつ見えてきました。
・支援学級という選択
・デイサービスという新しい居場所
・学校との連携
・家庭での適切なサポート方法
「どうしたらいいのか分からない」という状態から
「こういうサポートをしていけばいいんだ」という前向きな時間に変わりました。
息子の“世界”も広がった|支援学級とデイサービスが変えてくれたこと
診断後、息子は小学校2年生から支援学級に通い始め、
放課後はデイサービスに通っています。
そして息子自身の毎日が、大きく変わりました。
新しい居場所ができて、息子の心が前向きになった
小学校入りたての頃、
息子はなかなか友達を作れず、孤立していました。
でも、支援学級とデイサービスに通い始めてから——
・一緒に遊べる友達ができた
・自分から「行きたい」と言うようになった
・挑戦への意欲が生まれた
息子にとって、ここは
「自分らしくいられる場所」 になったのだと思います。
親として本当に嬉しかったのは、
息子が「学校=世界のすべて」ではなくなったこと。
君の居場所は、学校以外にもある。
君を必要としてくれる仲間もいる。
それを息子自身が実感し始めたことが、何より宝物のように感じています。
まとめ|診断は“終わり”ではなく、家族が前に進むためのスタートだった
息子が発達障害と診断された日、
僕と妻の心は確かに軽くなりました。
もちろん、これからも悩むことはあります。
迷うことだってあるでしょう。
でも、僕たちはもう一人で抱え込まなくていい。
✔ 息子を理解するためのヒント
✔ 適切な支援につながる道
✔ 家族の負担を軽くする環境
✔ 息子の世界が広がるきっかけ
診断は、息子の未来を閉ざすものではなく、
息子の未来を広げてくれる“光”でした。
息子は息子のペースで成長し、
僕と妻も前よりずっと穏やかな気持ちで見守れるようになりました。
診断は終わりではない。
家族が一歩前に進むためのスタートラインだった。
